なんか好きなものについて、ちょっと書いてみよう

本、マンガ、映画、舞台、美術館、旅行。なんでも好きです。好きだなーと思ったものについて、書いて留めようと思います。

追悼 平幹二朗さん

数年前の劇団四季ヴェニスの商人』で平さんを見た。

正直言って、劇団四季シェイクスピア劇は好きではない。(といっても二本しか見ていないが)
彼らが誇りとする母音法で全てのセリフが語られると、どうしても一本調子に聞こえる。
他の劇団なら畳み掛けるように発するセリフも四季では全て母音法で語られるため、多少ゆったりとしたリズムに聞こえるのだ。
軽快で楽しいグラシアーノーのセリフも、ユーモラスなラーンスロットのセリフも、陰鬱なアントーニオのセリフも全て似た調子に思えてしまう。
無論、聞き取りやすくて良いという人もいるだろうが、正直まだるっこしいと私は感じてしまう。
そして、『ヴェニスの商人』という話もこの頃は好きではなかった。
主人公たちの独善的であっけらかんとした考え方がどうしても好きになれず、楽しめない。
かと言ってシャイロックにも100パーセント共感はできない。
そんなこんなで、物語途中までこの『ヴェニスの商人』を全く楽しめずに見ていた。

 

それでも、たった一言のセリフで一気に魂を持ってかれる瞬間があることを教えてくれたのがこの『ヴェニスの商人』だった。

 

「それが法律ですか?」

 

裁判のシーン、ポーシャから残酷な判決を受けたシャイロックの直後の言葉。
信じられない、許せない、理不尽だ。
ポーシャに問いかけたのではなく、キリスト教徒全体に、自分をはみ出し者として認めない社会全体に問いかけたように聞こえた。
あの言葉を聞いた瞬間に、一気に心がシャイロックに引き付けられた。
ああ、この人は自分以外全員が敵のこの境遇でどれだけ孤独に戦っていたのかと。
この人は社会全体に対して、どれだけの怒りを、納得のできない気持ちを抱えてきたのだろうと。
怒りだけでも悲しみだけでもなく、シャイロック自身でも理解しきれてはいないであろう全てが込められた一言だった。

あのシーンの衝撃は忘れられない。

 

今まで4人のシャイロックを見た。
吉田鋼太郎市川猿之助、山口嘉三、そして平幹二朗
皆さん個性的で、それぞれ違ったシャイロック像を見せてくださった。
その中でも平さんのシャイロックは一番、人間的だった。

 

心よりご冥福をお祈りいたします。